GO ALL OUTのインタビュー企画「未来を創る起業家たち」。今回は漁業者支援サービス「トリトンの矛」を提供するオーシャンソリューションテクノロジー株式会社 代表取締役の水上陽介さんにお話をうかがいました。
漁業者支援サービス「トリトンの矛」を提供
ーー現在の事業に取り組むきっかけをお聞かせください。
私は佐世保航海測器社の3代目として、防衛関連事業を中心に業務に従事していました。売り上げの95%を占める防衛関連事業は、企業の安定性を支える一方で、依存が高いことはリスクでもありました。
新たな事業の柱を築く必要性を感じていましたが、保守的な組織の中でベンチャーを立ち上げてしまうと、企業文化や思考、行動のスピードにずれが生じるのではないかと懸念していました。そこで、水産DX(デジタルトランスフォーメーション)を目的とした別法人「オーシャンソリューションテクノロジー株式会社」を2017年に設立しました。新規事業は柔軟性やスピードが発揮しやすいスタートアップにて、一方で既存の事業は安定性と伝統を担保できるこれまでの法人格で継続することを目指しました。
ーー社名の由来を教えてください。
社名には、海で生じうる問題や課題を技術で解決するという意志を込めています。「オーシャンソリューションテクノロジー」を英語で表記すると、”O(オー)”の文字が5つ含まれています。これは五大洋を表していて、ロゴマーク上ではすべて浮き輪の形を模っています。このデザインは、人々が困難に直面した際に、五大洋で最も頼りになる存在(=浮き輪)になりたいという私たちの願いを象徴しています。
ーー貴社が提供する漁業者支援サービス「トリトンの矛」はどういった製品でしょうか?
「トリトンの矛」は、法で義務付けられた操業日誌を、漁船の航跡データから自動作成するサービスです。これまで手書きで記録していた作業を AIが代行し、漁師の負担を大幅に軽減しました。
その特徴は、単に多くの漁獲を目指すのではなく、操業データを活用して水産資源の適正管理と漁師の収益最大化を両立させる点にあります。漁師から預かったデータは国の資源評価にも役立ち、限られた資源の中で最適な操業をアドバイスできます。
ーー特徴的な「トリトンの矛」という製品名はどのように名づけたのでしょうか?
ギリシャ神話において、海の神ポセイドンが矛を漁具として使用していたことから、その息子であるトリトンに着想を得て名付けました。当初は和の神様に関連した名前も考慮しましたが、水産業界には既に七福神をモチーフにした製品が多数存在しており、当社の製品が従来のものとは一線を画することを名前から感じ取ってもらいたいという思いが、「トリトンの矛」という名前を選んだ理由の一つです。
「トリトンの矛」導入にあたって漁師さんや漁協、自治体の不安を払拭
ーー「トリトンの矛」を導入する際に障壁はありましたか?
まず、水産業界は非常に参入障壁が高く、閉鎖的な状態でした。導入にあたっては、タブレット操作に不慣れな高齢の漁師さんへの対応や、自身の経験と勘に基づく情報を他人に見られることへの不安を払拭する必要がありました。
ーーそのときに漁師さんをどのように説得しましたか?
漁師さんのデータを個別に管理し、AIに個別に学習させて情報を出すことを約束し、他の漁師さんにデータを見られることがないことを丁寧に説明しました。今後はブロックチェーンを活用して、漁師さん自身で、自分のデータがどのように使われているかを追跡できる環境を提供予定です。
ーー漁師さんは「トリトンの矛」をどのように活用するのでしょうか?
漁師さんから預かった操業データと衛星データにより、操業日誌を可視化し、操業の最適化に繋げています。さらに、このデータをAIに学習させることで、現在の海況と過去の漁獲実績を照らし合わせ、経験と勘をサポートするデータとして利用します。これにより、不漁時の無駄な出漁を避け、燃料コストを削減し、収益の向上に繋がります。
ーー「トリトンの矛」は漁協や自治体でも活用されていると聞きました。両者の当初の反応はどうでしたか?
初めは「机上の空論ではないが、実現可能かどうか疑問」という反応が大半でした。しかし現在は両者にとって、漁師さんの操業情報が資源評価の基礎データとなり、海域での各魚種の資源量を推定する重要な情報源となっています。電子データとして集まることで、資源評価の精度向上に寄与しています。「トリトンの矛」の活用により実態に即した規制が可能になるという期待が自治体から寄せられています。
水産業界の課題である新規就業者不足を「トリトンの矛」で解決
ーー水産業界全体の課題を「トリトンの矛」でどう解決するとお考えですか?
水産業界全体の最大の課題は高齢化であり、新規就業者が不足しています。2019年の沿岸漁業者の平均年収は170万円と、次世代に漁業を継がせることが難しい状況です。「トリトンの矛」は、漁業者の効率化と収益向上をサポートし、業界全体の持続可能性を高めることを目指しています。
長崎県の小値賀島では地域の漁業者が高齢化しており、今後15年で漁業が消滅する可能性があります。地域全体で操業データを集積する取り組みが進められ、新しい漁業者がこれらのデータを活用してスムーズに仕事を始められることが期待されています。
水産業の構造を変え、新しい漁業の世界を提供したい
ーー将来はどのような取り組みを進めていきたいと考えていますか?
「トリトンの矛」は、漁師から預かるデータを活用して、”究極の産地証明”を提供することができます。このデータを経済価値のあるものとして消費者に販売し、漁業者に直接収益を還元する仕組みを構築することを目標としています。日本国内で消費される魚の市場規模は約5兆円で、そのうちの5%程度をデータ販売市場として生み出し、漁業者に還元する計画です。この取り組みにより、業界全体が健全になり、資源が増え、需給バランスを漁師サイドからも見えるようになり、国内供給量と価格の適正なバランスが見えてきます。
多くを獲ることだけが漁師の目標ではなく、いかに効率よく少量で収益を上げるか、という新しい漁業の世界を提供できると考えています。
ーー水上代表が経営者として重視していることを教えてください。
企業が社会に対してどのような貢献ができるか、ということを重視しています。ただ利益を追求するだけではなく、世の中のため、人々のためになるサービスを提供することが私たちの基本姿勢です。これは、漁業者の支援だけでなく、日本の食卓を豊かにすることにも繋がります。消費者から適正な価格で購入してもらうことで、安定供給を実現し、三方良しの関係を築くことが目標です。
ーー最後に、起業を志す人たちへのメッセージをお願いします。
想定している障壁や心配は、実際には起こらないことが大半です。やってみなければ分からないことの方が多いので、不安に思って始めないことは大きな機会損失です。「動き出すこと」の重要性を伝えたいと思います。
私の場合は、この事業を始める時点で大きな壁にぶつかりました。
前社長である父親をなんとか説得して、別法人にて新規事業に取り組むことが決まったとき、前社長は全従業員に対して「儲からないと思うけど、勉強のためにやらせる」という表現を使いました。社員はどう思うでしょうか。儲からないと思うところに協力なんてできませんよね。
スタート前に、とんでもない足かせをつけられたと感じましたが、やると決めた以上は、事業を続ける覚悟でした。今振り返ると、一番初めに大きな壁を父親という存在が設けてくれたことで、”動き出す”原動力がもらえたのかと今では思っています。
オーシャンソリューションテクノロジー株式会社
https://www.ocean5.co.jp/
この記事を書いた人
成重敏夫
北九州市を拠点に活動するライター・Web編集者。 企業取材、スポーツ取材など幅広く対応しています。
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